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vol.021 思い出の味

もう16年前のこと。ある7歳の少女が、夏休みの家族旅行でトルコへ行きました。


訪れた先は、ローマ・ビザンチン時代の遺跡があることで有名なシリオン(Sillyon)という町でした。


その町で、彼女は自分と同じぐらいの年齢のトルコ人の少女と知り合いました。


2人はまたたく間に意気投合。 「ユー・アドレス、アドレス!」


お互いに身ぶり手振りで心を通わせあい、お互いの住所を確かめました。 そのとき、トルコの少女は、一房のブドウを彼女にプレゼント。


シリオンの遺跡に腰かけて食べたブドウの味が、彼女の記憶の奥底に刻まれました。

思い出の味って、知ってますか? 何年経っても何十年経っても忘れられない“心の味”のことです。 映像だけにとどまった記憶は、セピア色に変色していく写真のように、やがて少しずつ色あせていきます。しかし、心の味として刻み込まれた記憶はいつまでも鮮烈に残ります。


去年23歳になった彼女は、その思い出の味を確かめたくて、1枚の写真を手がかりに、ブドウをもらったトルコの少女の家を訪ねる旅に出発しました。


どんな女性になっているのかな。 どんな暮らしをしているのかな。 16年前に出会った可愛い少女の顔が心の中をかけめぐります。


「この写真の少女を知りませんか?」


彼女は、思い出の町を歩きながら、いろんな人に声をかけました。


しかし16年という歳月は、簡単に相手を探し出すには永すぎたようでした。なかなか少女の消息を知っている人には出会えません。


ところが、ある街角で声をかけた老婆が、 「アーニの娘だね。となりの町のアパートで暮らしているよ。今は市役所に勤めているよ」 そう返事してくれたのです。


16年ぶりの再会。


トルコの少女も、昔出会った日本人の少女の顔をはっきりと覚えていました。驚きと喜びで、相手の表情がいきいきと輝きだしました。そして2人は、片言の言葉と身ぶりや手振りによって 、お互いのつのる想いを交換しました。


ジーンとよみがえる懐かしい味。


16年前に味わったブドウの味が、彼女の記憶の底からじんわりと浮かび上がりました。


この話は、昨年の暮れに、兵庫県からはるばる長崎にある私の工場までキャンピングカーの注文に来られたお客様から聞いた話です。旅の思い出が話題になったとき、そのお客様が「自分の娘の話ですが…」と、話してくれたものです。


現代は、海外旅行が決して珍しくなくなった時代。 「あの国へ行ったよ」 「あの場所も知っているよ」 旅の話題になると、ほとんどの人が海外の地名をさりげなく語るようになりました。


どんなところへも手軽に飛行機で旅立てる時代になり、少しのお金を出せば記憶も簡単に買えるようになりました。


でも点から点へと移動して、見た映像をそのまま写真に撮って来るような旅では、本当に心に刻まれるような思い出はつくれないように思えます。


16年前に、トルコの町シリオンで食べたブドウの味。それは、外交のプロが伝えるメッセージよりも強く、その土地に住んでいる人々の優しさや細やかな人情を伝えてくれたに違いありません。


お嬢さんとトルコに一緒に旅をしたお父さんは、今度は家族とともにキャンピングカーに乗って、「日本に残っている、いまだ知らない思い出の味」を探す旅に出るそうです。


思い出の味は、何も異国の街だけにあるとは限りません。


四季のはっきりした日本では、同じ場所にいても、春夏秋冬に応じてその土地の優しい表情や厳しい表情を見ることができます。思い出の味は、その落差のなかから生まれます。


もちろん天気が良ければ最高。しかし、


雨にうたれた。 風に煽られた。 寒くて凍えそうだった。


温度も、空気も1年中快適な室内にいては出合えない悪天候を経験した方が、案外、思い出したときには「味」として記憶に刻まれるものです。


また、思い出の味はアウトドアでしか経験できないというものではありません。


いらいらするような都会の喧噪のなかで、ふと裏通りのスナックから漏れてきた小粋なソウルミュージック。偏屈なオバサンに見えた居酒屋のママがふと見せた優しい気づかい。旅先でそういうものに触れることも、きっと「心の味」として残るに違いありません。


キャンピングカーの旅は、春夏秋冬を問わず、都会や田舎という場所を選ばず、自然との触れ合い、人との語り合い、音楽との出合いを実現します。思い出の味は、そのなかから生まれてくるにように思えます。

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