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vol.039 犬は人のパートナー

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わが家では、13歳の中型犬(柴犬)、8歳の小型犬(ダックス)、2歳の超小型犬(カニヘン)の3匹が、何の仕事もせずに家の中でごろごろしています。


仕事や家事を一切手伝うこともせず、エサだけは一人前に要求する“居候(いそうろう)”たち。 食後は、ひなたぼっこをして、寝て、適当に頭を撫でられて、ときどきお客さんに吠えて、終わり。


「私は犬になりたい」

この大不況でリストラも横行している時代、誰もがそう思うことでしょう。


しかし、そんな能天気な犬たちを怒ることもなく、犬を飼う人々は日増しに増えています。 わずか9年前の2,000年に1,000万頭だった犬は、一昨年の2007年には、なんと1,250万頭に達しました。 これはもうブームなどというシロモノではなく、犬も「人間」としてカウントしてしまう新しい人間社会が誕生したと考えていいでしょう。


いったい犬とは、人間にとってどういう存在なのでしょうか。


よく猫は飼い主にそっけなくて貴族的であり、犬は忠実な奴隷的存在だといわれています。 しかし、単なる奴隷に過ぎないのであれば、今日これだけ犬が増えた理由を説明することができません。 そこには主人と奴隷という、一方的で不平等な関係ではなく、やはり人間が、犬によって癒されたり、何かを教えてもらったりという、対等な関係があるからだろうと私は思っています。


そもそも、犬と人間の本来の関係はどういうものであったか。 今回は、そこから解き明かしていきましょう。


まず、犬についての基礎的なお勉強をひとつ。


犬の起源は、アジアオオカミです。 そして、彼らが人間とともに暮らすようになってから、およそ2万年が経ったといわれています。ちなみに、猫と人間の歴史は1万年だそうです。


太古の時代、人は洞窟のような場所を見つけて暮らしておりました。 特に水場にも近く、木ノ実なども取りやすい洞窟は人気も高かったことでしょう。 そういう場所は、また小動物にも棲みやすい場所でしたから、それを求めて、アジアオオカミの仲間である犬の祖先もやってきます。


人間と犬の祖先は、最初は敵対したりしたこともあったでしょうけれど、いつの間にか共存するようになります。 両者とも、一緒にいた方が都合がよかったわけですね。 というのは、人が暮らしていた洞窟の近辺には、まだ人間を襲うたくさんの野獣たちもおりました。 トラやライオンのような大型猫科動物たちは、日頃はシカやウサギなどを追いかけていたでしょうが、腹が空いてくると平気で人間も襲ったでしょう。


犬は、洞窟の入口を守る不寝番となって、野獣たちが人間の住みかを襲うことを防止するガードマンの役目を勤めることになりました。 そのご褒美として、人間からエサをもらいます。 そうやって、犬と人間のギブ・アンド・テイクを基にしたパートナーシップが生まれました。


夜は人間のガードマンとして働く犬は、昼は人間の狩りのお手伝いもします。 まず犬がワンワン吠えながら、獲物を求めて突っ走ります。 その後を、智恵ばかり働くくせに走るのが遅い人間が追いかけます。 獲物に追いついた犬は、そこで懸命に吠え続け、人間サマよ早く来ておくれと願いながらも、獲物を牽制して引き止めます。


やっと到着したノロマな人間は、まず最初は石を投げたりして獲物の力を弱らせ、次にヤリ投げを覚え、そして弓矢を射ることを思いついたりして、次第に狩りの成功率を高めます。 すると、犬の分け前も増えるので、犬はさらに狩のお手伝いに励むようになります。 犬は智恵のない分、体を使って必死に駆け、ワンワン吠えたてて人間にサインを送ります。 人間は体力のない分、智恵(…だんだん悪智恵)を使います。


このような役割分担が決まってくるに従って、そのギブ・アンド・テイクの関係も安定したものになり、両者のパートナーシップもますます強固になっていきました。


人間が狩りを卒業してしまった現代社会では、犬は仕事にあぶれ、ごろごろ寝ているばかりとなりました。 しかし、この「ごろ寝」だって、実は、彼らがその祖先から受け継いだDNAのひとつです。


人類と一緒に暮らし始めた頃の犬は、夜は寝ずの番を務め、昼間は全力で駆けていたわけですから、消耗した体力を取り戻すためには、仕事のないときはごろごろ寝るしかなかったのです。 だから、ごろ寝は彼らにとってサボリではなく、人間の狩りを手伝うための体調管理なんですね。


猛獣の襲撃もなく、マンモス狩りに出かけることもなくなった今の時代を生きるわが家の犬たちは、確かに、ただの“失業者”です。


でも、やはりどこかで、彼らは自分たちの仕事を見つけようと、ささやかな努力を行っているように見えます。


13歳の老犬は、猛獣の乱入を警戒する不寝番の役目など経験したこともないくせに、深夜になるとオオーンと寝言を発します。


ストーブの前で寝てばかりいる8歳のダックスは、来客の気配があれば、必ず玄関まで駆け寄りり、クンクンと鼻を鳴らして、狩のスタンバイを始めます。


一番やんちゃでイタズラ好きの2歳のカニヘンは、ときたま私にウンコを踏みつけさせる不届き者ではありますが、その反省のためか、いつも愛嬌を振りまいてご機嫌を取ろうとします。 彼女の役目は「目覚まし時計」。 朝になると人の顔をペロペロなめまくり、起きる時間を教えます。


洞窟を襲う野獣もいなくなり、マンモスを狩る必要もなくなった今の時代には、もう彼らの本来の仕事はないでしょう。 しかし、彼らは今また別の仕事を始めようとしています。


そのひとつは、自然と文明をつなぐ接点として、人間に「野性の思考」の逞しさを思い出させてくれる仕事です。


文明社会を生きるわれわれ人間にとって、犬の習性や思考はどうしてもオバカにしか見えません。 しかし、彼らの耳や鼻を使った鋭い情報収集力や、人間の思考回路が回り始める前に体が動き出す反射神経などは、かつて人間が追いつこうにも追いつけなかった、犬だけの能力です。 それは文明が発達していく過程で、人間からはむしろ退化していったものです。そのことを、わが家の犬たちは教えてくれます。


もうひとつは、人を愛し、人を信じることの大切さ。 それも彼らは身を持って教えてくれます。


社会が豊かになってさまざまな娯楽を手に入れた人間は、人をからかう、人をいじめる、人を出し抜く…など邪悪な“娯楽”まで覚えてしまいました。 しかし、犬はそういう娯楽を一切知りません。 彼らは、わわれわが意地悪をしてからかおうが、いじめようが、「それも新手の愛情なのかな?」と思い込み、必死に受けとめようとします。


「愛する」ことと「信じること」だけにひたすら生きる犬たち。 この世にそういう存在がいることを、犬たちが気づかせてくれるおかげで、われわれは、大切なものを失う場所から常に引き返して来ることができるのです。


犬は奴隷ではありません。 忠実な犬は、人と少しでも仲良くなりたいと一生懸命努力するので、ときには「奴隷」のように見えてしまうことがあります。

しかし、彼らは、主人の後を唯々諾々とついていくだけの存在になったつもりはないのです。 いつの日かまた狩りが始まれば、そのときは、先頭を走って主人を導くつもりで待機しているのです。 彼らはいつだって人間のことを、自分たちの大切なパートナーだと信じています。


そうそう、ホワイトハウスの今の一番の関心事は、何の犬をオバマ家が選ぶかということだそうです。 またハリウッド映画ではハリソン・フォードが主役を務める“忠犬ハチ公アメリカ版”が製作されるそうです。


アメリカ人にとっても、犬は大切なパートナー。 この二つのエピソードは、そのことをよく伝えてくれるように思えます。


【町田の感想】 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■


犬を愛する池田さんの心のこもった文章は、犬好きの人間でなくとも胸を打ちます。 特に、犬になりかわって犬の気持ちを人間たちに伝えようとするところの文章が見事です。


もしかしたら、この方は「犬語」がしゃべれるのでしょうか?


池田さんが犬語を解する人間であることは間違いありません。 もちろん「音声」としての言葉ではなく、犬の目を見て、歩き方を見て、シッポの振り方を見て、彼らの思いを聞き取り、それを受けとめることのできる人なのです。 それどころではなく、きっと犬が綴るポエムを読み、犬の奏でる音楽まで聞ける人なのでしょう。


そういう池田さんだからこそ伝えることのできる犬のプライド。 彼らだって、無為に人間の愛玩動物として生きているわけじゃない。 心の奥底には、犬として生きる誇りを秘めている。


このエッセイは、犬のプライドを発見するという、今まで人間が正面から腰を据えて臨んだことのない世界を初めて見つめた読み物なのかもしれません。

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